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ファーム・奥能登 ~徒然日記~
農作業の苦労話や作業日誌、お得情報などをご紹介しています

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農業で遊ぶ贅沢ーーー四月から再開ーーー

2011年の秋に、乳がんの手術を受けてから、ずっと畑から離れていました。

このところ、顔色も良くなり、白血球数も復活して
体力に自信が芽生えてきました。

それでーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なぜ、癌に罹ったのだろうか?と振り返ってみました。

正座が出来なくなって、お茶(表千家流)を諦めてから、

実家の母に誘われて、能登の畑に大阪から通い始めました。

自分が職業を持ちながらの、兼業農家時代(5,6年間)の間は、
職場のストレス解消にしていましたが、、、

ここ2年間は、本格的に畑に専念していました。
(ところが、ストレスは、頑張るに比例して大きくなってきました。)

私の農業では、経済的に成立しないことが、よりはっきりしてきたからです。

1反の畑で得る収量は、よくて1,000kg(ジャガイモ、タマネギ)
それで得る、金額は150,000円から200,000円くらいで、、、

諸経費を除くと、ほとんど残りません。

畑の面積を、仮に100反(10ha)にして初めて、2,000万円。
しかし、こうなると
大型機械、人件費、肥料代金も増えて、泥縄式の経営かもしれませんが、、、。

私がこの大規模化で不安を抱くのは、
何より、化学肥料と農薬に頼らない限り、この大規模農場は成り立たないことです。

無農薬で安心で美味しい野菜を作りたいのに、経営的には、相反する形になる。

規模を縮小して、家族のためだけに農業を楽しんでする以外に道は無いと

考える時期とすべてが合致していました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
焦って、あせって、商品化しても、、、私一人では、所詮廻りきれませんでした。

綱渡りのような、忙しい日々を2011年の夏秋に、やっていました。

それで、癌が体内に芽吹いたのです。

手術日から三日間、眠りこけて、主治医に呆れられました。

それから約半年、
朝ドラをビデオに撮って、日に三回は見直す日々を暮らしています。

ところで
福島の原子力発電所の事故以来、日本は石油を買うためのお金に苦しみ出しています。
(つけは、電気代ガス代その他大勢にこの春から廻ってくるでしょう!)

家族用の農業を残しておかないと、家族が(日本人が)食っていけなくなる時代が
やってきそうで、、、不安です。

とりあえず、販売用には作らないことにしました。

このブログもホームページも夏までに閉じる予定です。

長い間、有難うございました。
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いつまで続く雪?ーーー春よ、早く来い!--

突端からですが、乳がんの話をしたいです。

最初の見立ては、「初期です!良かったねえ!」でしたが

調べるにつれて、「リンパ節まで癌細胞が移動しているから」に変わり、

手術後、更に、半年を越える「抗がん剤(点滴2時間)」に、

放射線治療(約1ヶ月)とホルモン剤(錠剤?何年?)が続くことに。

良心的で、優しいスタッフに恵まれて、、、

病院通いは、苦ではないし、

良いタイミングで手術に踏み切れたと感謝しながらも、

乗り越えねばならぬ試練であるのは

これまでの”良性腫瘍との大きな違い”でした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
気にかけているのは、能登の畑だけ

という、気楽な条件の下に居ながら、、、独り家に籠もって

体力、気力の無い時は、沈み込んでいます。

料理をあれこれ挑戦してみますが、浮上できないでいます。

癌を克服するには、何より”生きようとする気力”が必要で、

生きる目的を持たないと生命力が続かない!」

といわれています。

雪が止んで、畑土が見える状況になれば、

私の心も弾むのでしょうか?

能登に行けるタイミングを計って、ドキドキしてるでしょうか?

2012年、世間も荒れています。

今年の雪は?---何時、帰省できるか?--

輪島の気象情報を見ながら、ため息をつく。
「えらい雪やなぁ!」
「おそらく、真っ白の世界やない?」

以前、雪が畑に20cm超、積もってる時に帰省したことがある。
(凍てついた道を歩くと、こけそうになって困った。)

何時、畑土が顔を出すだろうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
来週から、抗がん剤の種類が変わる。

三週置きに点滴していたものが、毎週に変わる。

抗がん剤の点滴後、三週間という時間が必要な、強烈さがあったことを
今、ひしひしと感じる。

それが毎週に一回になるということは、、、

体力を削ぐ感じが、少し軽いのだろうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
能登へ帰りたい!

以前と同じように、野菜を育てて、季節を眺めたいと思う。

規模を縮小して、楽しんでできる程度で、あと数年頑張れたら良いナァ!

ストレスと病ーーー入院することにーー

40歳代後半に、立て続けに”良性腫瘍”で3箇所手術したことがあります。
15年近く経て、ついに”悪玉”の発生となりました。

腫瘍の大きさが小さいのと、発生場所が比較的切り取りやすい部位との
ことで、まだ精神的に参っている状況ではありませんが、、。

実家の母が亡くなったりとか、この秋にかけて、大波に洗われるような
落ち着かない日々を送っています。

タマネギの苗つくりは上手くいったのに、植えつける日程が取れなくて、
いつものお二人に依頼してきました。

大豆、落花生、里芋の収獲はまだですが、
自力でできるか?悩ましいところです。

蕎麦の収獲は諦めて、知人に白い花毎譲り渡してきました。

いやはや、今年は、小麦、男爵芋の収獲を諦めましたが、、こういう年になるとは、、。

まだ、身体が動かせるうちは、幸せだと、、、。

この夏ーーー能登へ通いました!--

タマネギは、豊作でした!
15,000本を越える苗を植えつけて、
LLサイズが400Kg,
Lサイズが600Kg、
Mサイズが500Kgくらいありました。

売り物にならないSサイズも100Kg以上あったでしょう。

お母ぁはんの作ったタマネギは甘いなぁ!」
( 家族の誉め言葉が耳に心地良いです!)
しかし、、、手に入れるまでの道程は
なかなかと厳しいです。

種蒔き(散水)、
育苗時からずっとの雑草対策(除草剤を使用しないから大変です。)
収穫期の降雨(お日様まかせ)

いよいよ収穫期となると

タマネギを括って、天日干しをし、
やっぱり雨に会い、
知人の応援でシート掛けをし直し、

豪雨を避けて、小屋に搬入し、、、再度、天日干しをし直し、、と
手間ひまを掛けました。

乾ききった根を、1個、1個と
切り落とし、
茎も切って、(15,000本以上 )
汚れた表皮をいくらか剥がして
商品の形を整えて(一週間以上掛かりました。)

10Kg単位に袋詰めして、トラック(1t車に山積みして)に積み込んで
大阪へ。

折りしも、”熱中症騒ぎ”の報道のお陰で、応援の人手を得る術を絶たれ、

独りで、または家族二人で、小屋いっぱいになったタマネギと格闘しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャガイモは、不作で
散々でした!

世の中は、ようできたものですねえ!

また、タマネギの種蒔きの季節がきました。

来年のことを言うと、鬼が笑うと言います。

何がおこるかわかりませんが、

種蒔きをすることにしました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
膝に軟骨成分を注射してもらって、動いています。

がむしゃらに動いていた時代は去ったなあ!

と想います。





お久しぶりです!

5月は、月の半分を超えるペースで

能登に行くことができた月でしたが、、

予定は、ことごとく、ずれ込み、

「 寒さに泣いた 」月でした。

ーーーーーーーーーーーーーー
周りは、ジャガイモの発芽も終え、追肥も済んでいるのですが

4月1日になって、「手に豆を作って、、種イモをようよう植えつけましたよ!」

と連絡が入った状況なので、、、

前回、能登に帰った時は、チラホラの発芽振りでした。

(もちろん、追肥には進めませんでした。)

ーーーーーーーーーーーーーー
家庭の事情で

スタートが遅れこみ、雨と寒さとで、予定がずれ込み出したのです。

ぼかし肥料造りも然りで、、、追肥に利用できるまでに至っていません。

仕方なく、

雑草刈り込み、雑草抜きに励んでいました。

例年よりも、畑周りがスッキリしていると思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
両足に、カイロを(膝下、足首)に2ケ所ずつ貼り、(毎日4個の消費)

夜は、湯たんぽ2個を左右に置き、

作業の遅れで、焦って眠れぬ夜を過ごしながら、、、

朝の冷え込みにビビッて、日が高くなるまで畑に行かず、、

心身共にボロボロになっての帰阪でした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「 能登へは、遊びに来ているんやろう!」と知人に評されるところが

割の合わない、現実です。

足腰を傷めるほどに、頑張っても「裕福な都会者の遊び」にしか見えないとは、、、。




暗いニュースばかりでは、クタビレル!---元気を出そう!--

福島の原子力発電所の進展は、埒が明かない。

気にしてニュースを見るのも、くたびれてしまった。

心配はするけれど、一市民としては、なす術がない。

自分の仕事の計画をたてて、新しい試みにささやかな夢を描いてみる。

能登は寒いけれど、

やはり、今年の春は訪れ始めている。

いつまでも冬のはずは無い!

今年の夏は、どんな夏だろうか?

と想いを巡らせて見る。

ところで、今年の秋に、私は

いよいよ65歳になる。

75歳までが、現役バリバりで働く土地柄だから、

元気であれば、、、頑張りたいと思うが、

400kmを物ともせず、マイカーで通うとなると

”情熱 ”が必要になる。

お金も必要だし、、、続いているだろうか?と

首を傾げています。

インフルエンザに罹患ーーー能登行き延期!--

家族がインフルエンザに罹った。
(孫と連れ合いが、順次罹ってしまった!)

看病という”おおげさな”ことはできないが、
せめて、”傍に居る位の”レベルで、見守っていました。

少し、風邪がうつったか?2,3日私も調子が悪く、、、

ウォーキングに出かけない1週間を送ったところ、

あっというまに

筋肉が落ち、贅肉だけが増えて、

体内の年齢が77歳!という表示が

体重計に復活しました!(ガックシ!)

ーーーーーーーーーーーー

桜を観に、大和高田市へ行ってきました。

娘と仲良さげに連れ添ってくれる彼の姿を見ているうちに

すっかり、気分は春に染まりました!

ーーーーーーーーーーーー

日本全国の人々が、東日本巨大地震のニュースで、私同様に気が落ち込んでいたことを
ようよう知りました。

最近、TVのチャンネルを忙しく切り替えて、震災の話を聴かずに済むようにした方が、精神的には良いのかもしれないと想う位、、、被害の凄まじさに圧倒されました。

残された日本の各地が、がんばって農業に打ち込まないと”まずいんじゃないか?”とこの頃想っています。

季節感が、、、---冬のままーー

3月末に、雪降る中、農作業に励んだためか?

未だに、桜が咲くことに心が合わないでいます。

3月には、日本にとって”1000年に一度”の大津波が東日本にありました。

毎日、TVから被害の詳細な報告が映し出されています。

60余年の私の人生でも、繰り返し”地震”の記憶が塗り替えられています。

関西という、土地に住みながら、東日本の被災者の人々の苦しみが想われてなりません。

時が止まったままであろう人々と共に、

私共の心も、どこかちぐはぐなまま、

桜の咲く時期が信じられない想いで見上げています。

暖かいのだろうか?

もう、本当に春なのだろうか?

春っていつから?---”お水取りまで春は遠い”って今年は、、、--

<お久しぶりです!>

この冬は、前年と打って変わって、「雪の多い年」でした!

まだ、能登に行けていません。

春は遠いデス。

雪だるまマークが、一週間後の3月12日まで並んでいます。

雪が降っている間は、能登へは”行きたくても、行けません。”

本当は、2月の中旬に、雪が融けて、晴天の続いた”絶好の能登行き”日が、数日続いていたのです。

けれど、、、、

けれど、動けなかったのです。

( ブログも書けませんでした。)

「今年の畑作を諦めて・・・」と心中深く悩んだ時期でした。

今、

私を取り巻く状況にほんの少しの明かりが見えて、、、

「能登行き」が可能!

の青信号が点されています。

しかし、、、

”しかし、、、”と、思います。

この早春の、雑草に埋もれた畑を動かすのは、「大変!」の一語に尽きます。

能登に帰ってすぐの、「ジャガイモの植え付け」などできません。

普段の三倍の時間が掛かる予感がします。

が、

一方で、、、再び、能登へ向かって出立できる日が訪れたのですから、

労苦を甘んじて受けて、、ふる里の野山を耕し直すと静かに思い直すこととしました。

「何がこのひと月にあったか?」は、今は語るわけには、いかない事で、、、ご了解くださいませ。

雪が消えて、春が訪れるお水取り後の3月中旬、、、再スタートを切りたいです。



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